女の子が14歳ぐらいで出産して子育てが出来るかというと、まともな教育を施すのはちょっとしんどいと思う。この場合、この子供が成人し、結婚して次の遺伝子の残す蓋然性は他の平均的なケースより少し低いと考えられる。だから自己戦略として避けたほうがいいというのはある。
女性が貧乏な男性と結婚すると子供に十分な教育を出来ず、結果として、その子供が成人したあと結婚して次の遺伝子を残す蓋然性は低くなる。あるいは、ブサイクな異性と結婚すると子供もブサイクになりやすく、その子供が遺伝子を残す蓋然性が低下する。パートナーが高齢の場合も、子供に何らかの障害が残りやすいので、その子供が遺伝子を残す蓋然性は低下する。
このように、自己戦略としては普通、なるべく自分の遺伝子を後世に残そうと考える。
しかし、人間が生物であるかぎり、人類の全体的な目標は、種としての存続である。
どうせ後世に残るなら、他人の遺伝子よりは自分の遺伝子が後世に残ったほうが良いだろうが、どうせ自分の遺伝子はそれほど優秀とは限らないし、交配を繰り返すうちに元の遺伝子の特徴なんて消え伏せていくので、そのへんは誤差かも知れない。
そう考えると色々考えが変わってくる。
例えば、奥さんと別れて子供は奥さんが引取り、養育費だけ払っているような旦那さんも自分の遺伝子が後世に残せたということで勝ち組。
例えば、あちこちで浮気して子供をたくさんつくり、女に刺されて死んだ男性も自分の遺伝子をたくさん残しているので勝ち組。
例えば、望まない子供を孕んで産むことになったとしても、その子が立派に成長して次の子孫を残していけるなら、勝ち組。
例えば、空き缶を集めて生計を立てているホームレスから、親の遺産を食いつぶしているだけのニートまで、消費活動を行ない、経済活動に貢献している以上、勝ち組。経済を回す役割の人はみんな勝ち組。
空き缶を集めて生計を立てているホームレスは経済にマイナスの影響があり、彼らはいないほうがいいのではないかと言われるかも知れない。
しかし、私はそうでもないと思う。
そもそも世界の人口はいまだに右肩上がりに増え続けている。出産制限をそろそろしないと食料危機や環境汚染、エネルギー資源の問題が浮上してくるぐらいである。
だから誰かの行動によって経済システムなどにマイナスの影響があって人口が多少減少したところで、全体規模で見ればちょうどいいのである。
「なら、地球の人口をいまの70数億人から1億人ぐらいに減らしてもいいのか?」という話になるが、文化や文明の進歩はその進歩を促す人の数に比例すると考えられるので、人口はある程度あったほうが良い側面もある。(エネルギー資源などが枯渇しない範囲において)
そんなわけで、マクロな視点で見ると、いま地球上にいるすべての人間が勝ち組なのである。
逆にミクロな視点で見ると、「お隣の奥さん、イケメンの高学歴、高収入な旦那さんをつかまえて、その子供が将来成人して子孫を残す蓋然性がうちの家より高いわ!悔しい!」みたいなことになるかも知れないが…。